総合ビジネス支援協会ブログ

ドラッカーが見ていた将来 5 経営科学の罠(その1)

こんにちは。

今日は、ドラッカーが「ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)」に投稿した第5作目の著書、

「経営科学の罠」(1959年)

について取り上げたいと思います。

本著作でドラッカーは、当時の「経営科学」の問題点を指摘しています。
それは、
経営科学と称されるもののほとんどが、
手法や手順ばかりに目を向けた、部分効率のみを追求するツールになっている
ということでした。

当時の経営科学のほとんどが、

「品質管理、在庫管理、倉庫の立地、物流管理、機器設置、保守管理、注文処理など
すでに開発済みの職能別の手法を精緻化することに終止している」

とドラッカーは断じ、
さらには、これらのいずれもが、

「IE、原価会計、工程分析の延長線上のものであり、製造、マーケティング、
財務の部分的な改善に関するもの」

であり、

「今日の経営科学は、原理ではなく手法に、意思決定ではなく手順に、
その効果よりもツールとして、全体のパフォーマンスではなく部分の効率に
目を奪われている」

と指摘しています。

上記のように当時の経営科学の問題を指摘した上で、
ドラッカーは次のように提唱しています。

「経営科学に通底する洞察があるとすれば、それは、まさしく企業というものは、
共通目的のためにすすんで知識と技能と献身をする人々からなる、
一つの高次元のシステムであるという認識である」

「システムにおいて重要なのは、全体の動きである。それは、システム全体の成長、
バランス、調整、統合の結果であって、部分の効率をテクニカルに向上させた結果では
ないのである。
 経営科学においても部分効率への傾斜は有害である」

そして、部分効率への傾斜の危険な実例として、

・在庫管理によって運転資金を削減する一方、マーケティング上のリスクを増大させる
・1つの工程を効率化する一方において、工場全体の効率を低下させる
・市場予測において、競争相手は行動しないものと仮定する

などの例を挙げています。

また、ドラッカーは当時の経営科学の問題をこう指摘しています。

「経営科学の仕事の多くが、企業とは何か、マネジメントとは何か、何をするものか、
何を必要とするかを考えることなしに進められた。もっぱらこの素晴らしい手法を
活用できるのはどこかを考えた。家を建てるどころか、釘を打つことさえ考えずに、
もっぱら金槌の使い方に思いを巡らしたのである」

「つまり科学であると言いうるには、一貫した整合的かつ総合的な前提、
そして公理の構築に加えて、科学の対象となる世界、すなわち有意なる現象を
合理的に定義しなければならない」

「ところが経営科学は、このみずからの世界を定義するという仕事をなおざりに
している。これがきちんとなされて、初めて経営科学のこれまでの仕事も
ようやく意味を持ちうるのである」

このような経営科学の問題点を挙げながら、
ドラッカーは経営科学のあり方について具体的に提唱していきます。(続く)

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山本 誉 (経営コンサルタント)
中小企業の経営改善、成長支援を行う経営コンサルタント。認定事業再生士。プロフェッショナルCFO。 [プロフィール]

2019年3月13日

カテゴリー:ビジネス